古川の誇りを伝える
飛騨古川ボランティアガイドー鮎飛定男さん
古川の誇る町歩きガイド、75歳の鮎飛さん。
もともとのお仕事は左官職人という鮎飛さんは、17歳から弟子入りし、50代で独立。家紋を入れる仕事や扉を作る仕事など、美術的な細かな作業を得意とし、 “自分の想う仕事を実現する”という信念と共に歩んできました。
独立から10年たった頃、「観光ボランティアをしないか?」と誘われ、“自分の仕事を生かせるかもしれない。この町のために何かしたい”という気持ちから引き受けたとか。当時していた左官業の傍ら、「夢ふるさと案内人」として、古川を訪れる人々を案内するようになりました。
鮎飛さんのガイドは面白いと人気になり、岐阜県能力開花支援事業/認定講師としても活動を行うように。学生や民間の団体からの依頼で、幼少の頃、おばあちゃんがしてくれた野麦峠※のお話をされています。
幼い子に話すことで、わがままや無駄遣いをするのではなく、今の贅沢な生活に気付き、生きていることへのありがたみに気付いて欲しいといいます。
また、鮎飛さんの仕事に欠かせないのが「はっぴ」。どんな仕事にも欠かさず着て行くのだそうです。もともと、はっぴは名刺と同じで、“自分はこういう者です。”という意味をもち、そこには、自分の仕事に対する“誇り”が込められています。
先人の話を語り継ぎ、人に伝えるじさまがいること、それは文化の継承に不可欠な要素です。
※ 野麦峠とは、飛騨と信州の境にある峠。明治から大正時代、飛騨から多くの若い娘たちがここを越えて岡谷・諏訪にある製糸工場への出稼ぎに行った。





