おせち料理は大晦日に?

年取り

「としとり」の料理。ぶりをはじめとする縁起の良い品の数々がならび、その年一番のご馳走です。

年末年始の過ごし方は地方によって様々ですが、飛騨ではお正月に「おせち料理」を食べる代わりに「としとり」(年取り)といって大晦日にごっつぉ(ごちそう)をいただきます。

遠方からも家族全員が集まり、家族やご先祖様に一年間のお礼と感謝の気持ちを表し、その年一番のご馳走をいただくのです。

「としとり」のごちそうは、おせちやお雑煮と同じく家庭によってそれぞれですが、七品盛や五品盛など、一人一皿に煮豆、煮しめなど縁起の良い食材をのせていただきます。飛騨のごっつぉに欠かせない、姫竹や山菜などもこのような日のために大事に保存しておき、ごちそうとして並びます。今ではブランド魚ともなっている氷見ブリなど、富山から運ばれてくる塩ぶりが縁起の良い年取りの魚です。


あるご家族のとしとりの様子。都会に出た若者が皆戻って来て町中が賑わう時期です。

塩ぶりは、昔は飛騨で「飛騨ぶり」と名を変え、遠く信州まで運ばれていったそうで、富山~飛騨~長野を結ぶ道は「ぶり街道」とも呼ばれていました。

富山から運ばれてくるといっても、昔はぶり一匹が米一俵という高価な魚で、ある程度裕福な家庭でしか食べられなかったそうです。飛騨でもブリは出世魚という意味合いがあり、「食べられる年は本当に嬉しかった」と地元のお年寄りが語っていました。

今はスーパーなどでも必要な食材が手に入りますが、一昔前までは「としとり」用の材料を調達するために毎年12月27日に町中で市が開かれ、住民は山から降りて買いに来たそうです。もちろん徒歩で通っていたため、山奥に住む住民らは一日かけて町にたどり着き、一晩泊まって翌日また一日かけて帰っていったそうです。現在の飛騨古川の商店街となっている弐之町はこの日は買い物客でごったがえしていたといいます。このような光景を覚えている住民もまだ飛騨に多く残っていることから、そう昔の話ではないようです。

現在、1月24日(旧暦12月24日)に高山市で開かれる二十四日市もこのような市の名残です。

ごちそうの内容だけでなく、「としとり」の仕方は家族によって様々な習慣があります。ある家庭では必ず家長から必ず一人ひとり年末の挨拶を、またある家庭では、主婦である母親が「としとり」の料理をがんばって作るので、お正月は男性が台所に立ち、料理をするとか。

今でも年末になると都市部で働いている世代も皆帰ってきて、町はとてもにぎやかになります。どのような「としとり」にしろ、昔ながらの家族との時間を大切にする心は今も変わらないようです。


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