秋葉さま参り
火の用心
現在も使われているお妙箱。秋葉さま参りに必要な道具が入っており、当番が回ってきますとこのお妙箱が家庭に来ます。
飛騨の町を歩いていると至る所で社を見かけます。そのほとんどが秋葉神社です。ここ飛騨では、親しみと尊崇の気持ちを込めて「秋葉さま」と呼んでいます。
飛騨高山は、享保20年(1735年)頃、大火に見舞われ、当時の人々が防火対策と共に「火の用心」の意識付けを行いました。この際に火の用心への祈りと戒めとして秋葉さまが祀られるようになったそうです。町が全滅するほどの大火を含め、100戸以上の家屋が焼失した火災が10数件起きましたが、秋葉さまの祠だけは焼け残った例がたくさんあり、信仰が厚くなったようです。現在でも、火災予防や家内安全を願って防災の神として秋葉さまを信仰しています。
高山市内には秋葉さまと呼ばれる小さな社が多くあり、最も古い秋葉さま(1735年建立)をはじめ約60社あります。この数の多さは全国でも有名で、いかに火事が多かったかを物語っているようです。
高山のおとなり飛騨古川でも秋葉さまは大切にされています。古川でも明治37年(1904年)「古川大火」がおき、800軒以上が消失。町のほとんどが全滅してしまった歴史があります。そのため、ここでもあちこちに秋葉さまが祀られ、今でも「火の用心」意識は非常に高いのです。
ここでは、現在も当番制で秋葉さまにお参りをしています。当番は毎日変わり、お妙箱が置かれている家の方が、町内に火災が起きないように秋葉さまに祈ります。また、年に一度、静岡県にある秋葉さまの総本宮まで赴き、お札をもらってくるのです。代表者がいただいてきたお札は各家庭に配られ、台所など火の出るところに供えられます。
夜になり火を灯した秋葉さま。当番制で各住民が毎日秋葉さま参りに行きます。
各家庭に火災報知機が義務付けられる現在ですが、火への意識づけは住民に受け継がれ、今でも木造が圧倒的に多いこのエリアにおいて、非常に重要なのです。





